代理店からの請求書

先日仕事を発注した件で、代理店から請求書が届いた。ところが、事前にもらっていた見積書と、今回の請求書とで、金額が違っていたのだ。私は代理店の担当者に電話をしてみた。当初予定していた金額よりも、費用がかさんでしまったので、上乗せすることにしたのだという。事前に何の相談もなく上乗せするなんて、私はあきれて電話を切った。この代理店には、もう二度と仕事は発注しないだろう。
 お笑いタレントの明石家さんまが出演するトークバラエティ番組『さんまのまんま』(関西テレビ・フジテレビ系)が、26年周年1200回を迎える。記念すべきゲストには、さんまと公私ともに縁の深い中村玉緒と浅田美代子。中村は「先行き短いから、さんまさんの結婚を見届けたい。私と美代子さんと女2人で仲人をします」とさんまに再婚を猛プッシュ。さらにさんまの過去のお見合い話で盛り上がるなど、3人ならではのプライベートトークを繰り広げる。

「祝1200回!」明石家さんまとまんまちゃんのやりとり

 浅田もたびたび女優仲間をさんまに紹介するものの、同時に浅田自身がさんまのダメなところばかり話してしまうため上手くいったことがないという。過去に森進一の紹介で、さんまが大会社の令嬢とお見合いに臨んだエピソードでは「あの時結婚してたら、芸能界辞めて社長になっていたやろうな…」とつぶやくさんまに、2人は「なっていないと思う」(浅田)、「潰してはるかも」(中村)と容赦ない突っ込み。また、互いに恋人を紹介し合ったことはなく、さんまは「恋人は自分で探しますから、会わせることもないです」と断言した。

 笑い上戸な中村のキャラクターが定着したのは同番組がキッカケだったことや、さんまの大ファンだったという夫の故・勝新太郎さんとの思い出、ゲスト2人の“社会不適合者”ぶりをさんまが次々明かしていくなど収録は終始爆笑に包まれた。そのほか1200回出演し続けた番組キャラクター・まんまちゃんが生々しい身の上話をつづった手紙をさんまに送っており、そのやりとりにも注目だ。

 同番組は1985年4月にスタート。さんまの自宅マンションに見立てたセットにゲストを招き、さんまがお茶などをふるまいながらなどリラックスした雰囲気でトークを展開。今回の放送1200回を機に、部屋から愛車を眺められるガレージと赤と紫で塗装した本物のクラシックカーを設置し、室内に飾られてきた掛け軸はポップなポスターに変更。スタジオセットが一新され、長寿番組としての更なる高みに挑む。

 中村、浅田がゲスト出演する『さんまのまんま』1200回は、関西テレビにて30日(土)後1時56分より、フジテレビでは8月6日(土)後5時より放送。


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 SF小説「日本沈没」など壮大な作品群を生み、大阪万博のプロデュースなど博覧強記で知られた作家、小松左京(こまつ・さきょう、本名・実=みのる)さんが26日午後4時36分、肺炎のため大阪府内の病院で死去した。80歳だった。大阪市出身。葬儀・告別式は近親者で済ませた。

 小松さんの事務所によると、今月8日に体調を崩して入院、26日に容体が急変したという。

 「日本沈没」が初めて映画化されたのは、原作の小説が大ベストセラーとなった1973年。その後に「八甲田山」を手掛けることになる森谷司郎監督と、「私は貝になりたい」などで知られる橋本忍さんが脚本を担当して大ヒット。2006年にはSMAPの草なぎ剛主演でリメークされ、飛躍的に進歩したコンピューターグラフィックス技術で、原作の描写をまざまざと映像化した。

 また「復活の日」は、深作欣二監督で映画化され、草刈正雄が主演。「首都消失」では、渡瀬恒彦が主演するなど、日本映画界の才能が小松作品に挑んだ。

 太陽系を救うための木星爆発計画を描いた「さよならジュピター」では、映画製作を目的に小松さんは会社を設立。自ら指揮を執るなど奔走し、発展途上にあった日本のSF映画を盛り上げた。

 “知の巨人”としての先見性に優れていた小松さん。映画「日本沈没」では、高速道路の倒壊シーンがあった。当時、「日本の建築技術の結晶である高速道路が、天変地異で倒壊することはあり得ない」と関係者の抗議の声があがったという。だが、阪神淡路大震災では、阪神高速が無残に倒壊。小松さんが描いた警鐘が現実のものとなった。

 また、「日本沈没」には偶然にも、東日本大震災が発生した“3・11”に符合する次の記述があった。

 《3月11日に、日本列島弧を中心にして、巨大な地殻変動が起こりかけている、というアメリカ測地学会の発表が電撃のように世界をゆすぶった。》

 小松さんの事務所によると、小松さんは、報道で伝えられる東日本大震災の惨状に胸を痛めていたという。

 亡くなる直前には「今は大変な時期かもしれないけれど、この危機は必ず乗り越えられる」と復興を確信するように語り、「この先、日本は必ずユートピアを実現できると思う。日本と日本人を信じている」と未来への希望を語ったという。

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